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2009年11月17日火曜日

ネタ欠乏、蔵出し画像で~す!

 
ネタ欠乏にて、ずいぶん以前の蔵出し画像です。
見ての通り、泥遊び中のゲロアタック画像です。
00年のナショナルヘアースクランブルR4、チョーマディーですね~。
#25は、akimori + 92XR200Rです。
すでに、泥跳ねをもらいゴーグルはずしてます。
粘土質のスリッピーな下りコースなので、
車両センターに乗り、安全スロー走行中です。
なんか、カッコわりーなー。
  
 
尾根の折り返しのヘアピンコーナー、バンクがキレイについているので
速度を殺さずにギューーーーンって回れます。
ていうか、回れたときは気持ちイイーーッスよ。
撮影されてること知らないので、目がマジっすね ^^;
 

 
マディーだけど、これくらいはへっちゃらでござる。
でも、池の平は粘土質で重たいので、パワーかけてないとすぐ失速するんです。
それと、スベーるんです。
 


 
地獄絵図、泥とたわむれるゲロアタッカーのみなさんの図。
ここは、2WAYと呼ばれるところで、平行に2本ルートがあって
どちらを選択してもOKなんですが、こちらは石が若干小ぶりで
コースはわりとフラット。
だけど、マディー時はご覧のようにスベール地獄になります。
 

 
みなさん、てこずってますね~。
ドライ時は、スピードに乗って駆け上がっていけば
何てことないルートなんです。渋滞は起こりません。
その記憶で、マディーでも、ほとんどのライダーがこちらを選択してました。
わたしも、確か最初の2周はこっちだったと記憶してます。
だがしかし、この状態でルートが塞がれ、止まったら最後
押し、押し、押し・・・・・・・でヘトヘトになってしまうので
早々に、ルートチェンジをしました。


グレーのTシャツ着てる人、
98だったか99のグランドチャンピオン、高山茂樹選手です。
骨折あがりなので、エントリーはせず、
泥だらけになってマシンを押し上げてくれてます。
泥だらけになって押し上げてもらいパワーをもらったら、
簡単にはリタイヤできません!
何が何でも、チェッカーまでマシンを持ち込もうと思います。
 




ごくろーさまでーす。
わたしも、隣のコースで、
内山泰臣選手(今はISDEライダー)に手を貸してもらいました。
あざーす!
 
  
で、私は早々にこちらのルートにチェンジしました。
こちらは、見ての通り人の頭ほどの石が断続的に埋まっていて
ドライ時でも、一気に駆け上がるのは難しく、通常はこちらの選択はありません。
ですが、すぐ隣のコースほどマディー時はエグくないので、
それなりに周回を重ねました。
この選択が大正解で、
久々の総合TOP10入りの会心のレースになりました。

 
下から見るとこんなカンジ。
ルートが開いていれば、行けそうな気がしますが
この画像の状態では、まずムリでしょう。
溜まっている手前で、一旦ストップしてしまうと思います。
一旦止まると、さあたいへん・・・・・・・・・!
でも、多分ですが黒ゼッケンの選手は
左のわずかなスキマを、抜けていってクリアーして行くと思う。
私は、仲良く最後尾に着いて押し大会に混ざる自信あり ^^;



午後からは、3時間のクラスです。
#6 内山祐太郎選手です。
クレバーなライン取りですねー。
手前にジャンプがあるんですが、大パワーをかけないと頂点でパワーが死んで
ジャンプして着地後に失速してしまいます。
なので、法面を斜めに駆け上がり、そこから下りを利用して再加速しています。
ここはかなり長い上りの砂路面なので、パワーが食われてしまうんです。
斜面を駆け上がることで、下り坂を作り出しているんです。
天才ですよ、彼は!


池の平名物、賽の河原です。
人の頭ほどの石畳が、延々続きます。
しかも、浮いてる石もたくさんあり、それに乗りバランスを崩すと
転倒してしまいます。一瞬も気を抜けません。
私は、あまり好きじゃなかったなー・・・・。
でも、下りなら何とかなったけど、
逆周り時には上りになるので、それは苦手だったなー・・・。
 
#6内山選手に襲いかかる、#1カキシンこと柿田 真選手です。
柿田選手、スタンディングのファイティングポーズです。
黒ゼッケンは、日本でもトップクラスの選手です。
次元の違う走りを見させてもらいました。
私には、参考になるような、ならないような・・・・・・。
 
私が池の平でのベストレースを上げるとしたら
この00年のR4です。
クラスでは3位でしたが、総合では10位でした。
RMX、KDX、CRM、XRなどの250をかなり食いました。
合計60台くらいだったと思いますが、
TOP10入りは嬉しかったです。
で、この2000年は
R1ー2位、R2ー2位、R3ー1位、R4ー3位、R5 2位と
5戦中1勝でしたが、念願のC-125クラスの
シリーズチャンピオンを獲る事が出来た年でした。
98年から本格参戦して、3年かかりました。
この年は、スプリットファイヤーさんに、オイルとプラグを
スポンサードをしてもらった年でもありました。
99年は、最終戦に1位を取れればシリーズも取れたんですが
オープニングラップの大坂の下りで、
大転倒をしてそのままリタイヤ。
もうちょっとの所で、シリーズチャンプがスルリと逃げてしまいました。
なので、00シーズンに懸ける意気込みは違ってましたねー。
トレーニングも練習もしたし、マシンもよーく整備しました。
 
この大転倒で、左上腕骨(肩の関節の所)を骨折してしまったのです。
入院3週間、リハビリ4ケ月だったかな。
いまでも、肩の部分に15cmくらいの切開跡
左腕が真上まで上がらない後遺症が少しあります。 
 
 

2009年8月10日月曜日

棚からひとつかみ、その1

仕事が殺人的に忙しく、また、天候が不安定で
ktmになかなか乗れません。
ネタがみつからないので、棚からひとつかみ(某大御所歌手のパクリ)で
つないでみようと思います。

すごく古くて恐縮です。2000年の画像です。
私、97年から02年まで、愛知県の池の平ワンダーランドで行われていた
NHS、ナショナルヘアースクランブルに参戦していました。
同コースは、日本でも有数の山岳サーキットで
非常にハイレベルなEDレースが繰り広げられたサーキットです。

ランディーホーキンス(別格)、内山祐太郎、鈴木健二、石井正美、三橋淳など
日本を代表するトップランカーが、シリーズ、スポットで参戦したレースでした。

私は、最初の頃はC-125という、2st125以下の市販車、
4st225以下の市販車、EDマシンのクラスにXR200R、または、XR100Rで参戦していました。
時間は2時間です。

スタートです。
5台ずつ15秒間隔でスタートしていきます。
タイム差は、PCで調整され、全くのイコールでのカウントになります。
左端の#25、XR200Rが私です。


コーナの名前は忘れてしまいました。
この画像は下っていますが、正周り時のレースでは上りになり、
マディー時のスタックポイントになりました。
また、ピットからも近いのでギャラリーがコースの両脇鈴なりになりました。



忘れもしません。私のベストEDレースです。
00年R4、超マディーコンディションのレースでした。
ここは、2WAYと呼ばれるところで、
その名の通り、2通りのルートが選択できます。他方のコースの方が
アプローチしやすい為、ほとんどの車両はそちらのコースを選択していました。
が、頭ほどの石が連続的に埋まっていて、とてもスリーッピーで
転倒車両が行く手をふさぎ、登坂ルートの選択が出来ず
結局、ほとんどの車両が転倒、渋滞で1台1台ギャラリーの手を借りて
押し上げる、それは壮絶なレースでした。
私は、途中から画像のコースにチェンジ、画像の通りこちらのコース
を選択するライダーはほとんどいず、レーンの選択は比較的自由でした。
それでも、一気には上りきれず、
転倒しないように、速度を殺さないように少しずつの登坂で、クリアーしていました。
後方の2台は、転倒、押しをしています。
今でも、一番のレースだと思っています。


尾根の帰りのコースだと思います。
尾根のコースは、唯一息抜きが出来る場所でした。
このレースはドライコンディションなので、超ハイスピードバトル
が繰り広げられたレースになりました。
RMX250、KTM250、WR250、CRM250、XR600Rなどの
ハイパワーマシンの独壇場です。



スタート前のひと時です。
レースクイーンのお姉さんと1枚ずつ写真をとっていただけるんです。
にやけてますね~~・・・・。
緊張のスタート前なのですが、少しだけ和みました。